MENU

おかまいなしにせがまれ続けた人形遊び、辟易していた私を改心させた、自由帳の中の娘の言葉

この度の緊急事態宣言に伴う「ステイホーム」を機に、娘とのあいだで復活した遊びがあります。人形遊びです。

数年前の娘の七歳の誕生日に、義母がその人形をプレゼントしてくれたのがきっかけで始まったその遊びは、当初妻が相手をしていましたが、ある日妻が買い物か何かで外出し、私が少しだけ代役を担ったのを機に、私が相手をすることになったのでした。どうも私の低く太い声から発せられる女の子言葉が娘のツボにはまったようで、当初ニ、三回で済むと踏んでいたものが一ヶ月そして三ヶ月となり、気付けば二年経っていました。最近は娘も大きくなり、あまりやっていませんでしたが、この度のステイホームでまた復活したです。

娘とするこの小さな催しに、私は少なからず思い入れがあります。

その催しが始まって半年ほどした頃だったでしょうか、ある晩私が仕事でクタクタになって帰宅すると、娘が「パパ、8時半からやるよ」と言って、リビングに空き箱やティッシュケースを使って造形した、そのお人形の新しいおうちをセッティングしていました。

「やる気満々だな…」

私は着替えもそこそこに、20分程度で晩飯を切り上げ、娘のお人形ワールドに強制参加させられたのでした。

娘が使うお人形は、女の子だったら誰もが知っている人気のロングセラーのもので、そのキャラクター設定は、お母さんがイギリスの女王様で、お仕事は女優とモデルとアイスクリーム屋さん、そして結婚を前提にお付き合いしているパイロットのイケメン彼氏が居るという、いわばセレブな女の子でした。

一方私のはといえば、百円均一店で購入した人形で、デパートの地下の飲食店街での試食が趣味で、結婚に憧れていて婚活パーティーに足繁く通うも、いつもカップルになれない、という少し残念な設定でした。

そしてその夜のお話は、娘の使うセレブな女の子が、隣国の王様からプレゼントされた海岸沿いの別荘に私の使う残念な女の子を招待し、二人楽しく遊んでいると、そこに海から人魚が現れ、皆で楽しくキャンプをする、というふうに進んでいきました。

そしてやがてお風呂の時間になって木の空き箱で造ったお風呂に入り、「ああ気持ちよかった」と言って出ると、娘の使う女の子の人形だけ、入る前とは違う服にお着替えをしました。どうも娘はこのお着替え場面が大好きなようで、常にどこかで実施されます。

そしてこのお着替えの場面から先は、私が即興でストーリーを作らなければならない決まりでした。私はその時、人魚には「人間とあまり仲良くしてはならない」という掟があり、日が沈む前に海の向こうにある人形の国に帰らなくてはならない、というふうに話を進めました。そして、私の使う女の子に、人魚が海に帰ってしまった後の夕暮れの海辺で、「人魚さん、私達はあなたと一緒に過ごした時間を決して忘れません、この先辛いことがあっても、貴方の笑顔を思い出して乗り越えていきます」みたいな台詞を語らせ、最後に静かに人形を置いて、遊びをおしまいにしたのでした。

私は、その即興で語った台詞に我ながら満足し、これで今夜の娘との人形遊びから解放される、やっと休息できる、と思いました。しかしそれは甘い認識でした。

娘の表情が次第に険しくなり、やがて、

「それはアタシのセリフでしょ、なんでパパが言うの」

と言ったのです。
そのヒロイン調の台詞は、私の使う「残念な」女の子ではなく、娘の使うセレブな女の子が語るべき台詞だというのが娘の主張でした。そして娘は、ついに泣き出してしまったのです。

結局私達は、そのストーリーをまた最初からやり直し、最後、海に帰った人魚との別れを惜しむ台詞を娘が悲劇のヒロイン調に語り、それでやっとその夜の人形遊びは終了となったのでした。

当時私は、仕事面で心身共に大変きつい状況にありました。私は娘が寝ついた後妻に、娘の遊びに付き合うことが辛いと、愚痴をこぼしました。すると妻は娘の自由帳を持ってきて、その中の1ページを私に差し出しました。そこには、娘のぎこちない筆跡で「こんどのはるやすみのよてい」と書かれ、その下に「ディズニーランド」という文字が二重線で消され、その上から、

「パパとおにんぎょうあそび」

と書き換えられていました。

当時我が家は、ディズニーランド遊行など許される家計状況ではありませんでした。その文字は、その状況を理解していた妻が、娘の意識からディズニーランドを逸らし、娘自ら二重線で消し、その上から綴った文字だったのです。

私は、娘とのあいだで行なわれ続けた人形遊びの意味を理解しました。

その夜に見た、まだ赤ちゃんだった頃の面影を色濃く残した娘の寝顔を、私は今でもはっきり思い出すことができます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次